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「……あの男、本当に底意地悪いな。」
晴れた日の昼下がり。
「本当に無粋だ。あんな奴、馬にでも蹴られて死んじまえばいいんだ。」
偽島への連絡船乗り場の建物の屋根の上、バサバサの黒いマントをたなびかせた悪魔が立っていた。
「……お?そうすりゃ、外的理由で契約が終わって俺様は契約違反ではなく解放されるなァ。」
流石俺様、冴えてるなァと、悪魔はノンビリした口調。
――紅い悪魔の記憶は三日前に遡る。
***
「蘇芳君、キミ、探検はお好きですか?」
煙管を手にした学者然とした男が、美しく狂い咲く桜の木に話しかける。
正確には、彼が契約の代償として桜の木に囚えた紅い悪魔に、である。
「False Islandと言うところにね……一風変わった宝玉があるんだそうです。」
男はゆっくりと桜の木の回りを歩き出す。
「ほしいんですよね。研究材料に。」
ザワリ。
「その宝玉、獲って来てくれませんか?」
枝が揺れる。
「少し刺激があったほうが、私も面白いし…」
一周し終わって、また元の位置に戻ってくる。
「そうですね。獲って来てくれるなら、短縮しましょう。」
男が桜の幹に手を触れた。
「……キミの虜囚期間を。」
一瞬、淡い光が桜を包む。
「――望むところだ。」
紅い悪魔の、閉じられていた双眸が開かれる。
力強い金の猫目。
それと同時に、紅い悪魔が男に飛び掛った。
無駄の無い鋭い動きに、男はいとも容易く組み伏せられる。
「……私は物理攻撃には向いてないんですよ。」
「庵で悪巧みばかりせず、少しは運動するといい。」
「キミとの契約が終わったら考えて見ましょう。」
「俺様が、今、此処でオマエさんの息の根を止めたら、その日は来ない。」
「どうせ、キミに私は殺せません。」
男は口元に歪んだ笑みを浮かべる。
「契約が不履行になってしまいますからね……全て台無しです。」
金色の猫目がすっと細まる。
「どうするんですか、蘇芳君。」
組み敷かれたままの男は宙から一通の招待状を取り出した。
「獲ってきてくれるんですか?」
紅い悪魔は、瞬きもせず男を睨みつける。
そして――。
男の手から静かに招待状を奪い、解放する。
「……ただし、ハンデはつけますよ。」
だって今のままのキミならすぐに宝玉は見つかってしまう。
それでは暇つぶしになりません。
「オマエさんの好きにすればいい。」
「キミの片目と命を半分、桜の木において行って下さい。それから・・・…」
力が弱まる分長丁場になるかもしれない。
それでも、このまま囚われているよりはましだと、悪魔は思った。
男は上半身を起こしながら、更に続けた。
「それから…キミの記憶も。キミの彼女に関する記憶も。」
紅い悪魔は、ほんの一瞬、目を見開く。
……彼女ノ記憶ヲ、奪ウ?
悪魔は首を振る。
「いくらオマエさんでも無理だよ。できない。」
「……どういう意味ですか?」
「たとえオマエさんがこの身を捕らえようと、この目を奪おうと…俺様から破璃を奪う事は出来ないんだ。」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。だってさ……」
そして、男が戸惑うほどに穏やかに微笑んだ。
「それは、もう『俺』じゃない。」
***
片目と命を半分奪われ、更に愛する妻の記憶を奪う代わりに、直接逢う事禁じられた紅い悪魔は、宝玉を探す旅に出る。
「まぁ、夢を渡って逢いに行けるか……」
紅い髪かき混ぜるようにかきあげると、隠れていた眼帯があらわになる。
乗船開始の合図に、悪魔は軽く伸びをすると。
トン、と軽く屋根を蹴って飛び降りた。
――まだ、貴女の涙を、直接拭けそうにない。