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ちょっとくらいなら、イイかな。
そもそも、直接会うわけじゃないし。
ちょっとくらい、姿を見るだけならば……。
二度目の遺跡内侵入。
一行は直射日光を避けて休憩するべく、石畳の通路の一角を陣取った。
にゃもやポチやトリチェがピクニックシートをひいて、おやつの準備をしている。
ネロもご相伴に預かるようだ。
セツリは一服するために風通しのよい方向へと歩いていく。
蘇芳はそんな一行の動向を見届けてから、静かに場所を離れる。
通路の角を曲がったところに、人が一人入れるかどうかの細い脇道があった。
これまでの道のりで、ただの袋小路である事を確認していた。
だから、何処にも行けないことはわかっていた。
ただ、少し人目を離れたかっただけである。
――少しだけなら、構わないよな?
カチッ……
蘇芳はライターの火をつける。
ライターを持っていない左手で指を鳴らす。
……ボッ…ボボッ……
指を鳴らす音ともに、ライターの炎が膨れ上がる。
普段、戦闘には剣術を用いる事から、蘇芳は魔力が無いように見られるが、そうではない。
戦闘に用いるほどの魔力は無いが、悪魔としての平均的な魔力は有するのである。
煉獄出身の彼にとって、炎を操る事は息をするくらい容易い事だった。
5回ほど指を鳴らしたところで、蘇芳は満足げに金の猫目を細めた。
今では彼が掌を広げた大きさの炎が、ライター上でゆらゆらと揺れている。
――ただ、姿を見るだけならば……
蘇芳が炎に軽く息を吹きかける。
炎が一度だけ、大きく揺れる。
「炎よ、映せ。俺様の妻を……破璃の姿を。」
言葉に呼応するように、炎の中心に少しづつ映像が浮かび上がる。
それは、自分の意のモノを映す水鏡の術ならぬ、炎の鏡であった。
揺らめく炎をバックに映し出されるのは一人の女性。
書類の束を両手に抱え、どこかへ移動中のようである。
長い髪をゆるく編んだ姿勢の良い後姿。
彼女の闇の中でも輝くような金髪は、今では雪のように白かった。
自分が桜の木に囚われるハメになった時、白くなってしまったのだ。
その時の事を思うと――。
……ジジッ……
蘇芳の心に同調するかのように、炎が細かく揺れる。
乱れ始めた映像に、蘇芳は慌てて意識を集中させる。
映像は再び安定する。
そして、彼女の横顔を捉える。
相変わらずの、甘さの無い凛とした横顔。
20になるかならないかの年の割には大人びて、ともすれば表情が乏しいといわれがちな彼女であった。
しっかり者で、あまり隙がなかった。
でも、紅い悪魔は知っていた。
自分の前では、年相応の娘らしい表情の豊かさを見せていた事を。
普段は物憂げに軽く伏せられた紫水晶の瞳には、自分の姿しか映っていない事を。
少しづつ手探りしながら、彼女が自分への甘え方を覚えていった事を。
「………破璃…。」
その横顔に、低い声で囁きかける。
「…………愛してるよ。」
そして。
彼女の表情に、変化があった。
一瞬、何かを訝しがるような、そんな――そして、紫水晶の瞳が揺れた。
……気がついた?
蘇芳は蘇芳で、炎に映る妻の姿に釘つけだった。
炎の中の彼女は、強張ったように。
とても、とても、緩慢な動きで。
強い光を秘めた、紫水晶の瞳が、はっきりと、炎の鏡を。
炎の鏡越しの、金の猫目を、捉え
「うぅ~・・・こっち来ないでー!」
ライターの炎が、消えた。
本を大事そうに抱えた子供が、歩行雑草に追われていた。
今頃、おやつを食べて団欒中の、一行の方へと走っていた。
紅い悪魔は、無言で煙草をくわえる。
……ライターの火がつかない。
術で使い切ったのだろう。
換えのオイルは、ピクニックシートの上の荷物の中だ。
紅い悪魔は髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら、子供と歩行雑草の後を追った……。