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――蘇芳って、私の前では煙草吸わないよね。どうして?
蘇芳は煙草に火をつけながら、まだ破璃が妻ではなかった頃の言葉を思い出す。
元々、嗜む程度にしか煙草は吸わない。
そして、吸うのは、彼女が傍にいない時……決まって、独りでぼんやりしてる時だ。
紅い悪魔は独りでいる事には慣れていた。
妻の前世と出会い、そして死に別れ、生まれ変わった彼女に出会うまで、誰にも寄り添う事は無かった。
気の遠くなるほどの年月も、彼女と再び出会えると信じていたから、平気だった。
ニコチン中毒は、悪魔である彼にとって意味がなかった。
常習性なんてもちろんなかった。
それでも、自然と煙草に手が伸びる事があった。
子供騙しな精神安定剤でも、無いよりマシだと思っていた。
あの時は何と言ったんだっけ…。
ぼんやりと立ち昇る紫煙を見つめながら、紅い悪魔は記憶辿る。
紅い悪魔が降り立ったのは偽島唯一の波止場。
いつもはこんなに混んでいないのに、こりゃ酒場も混みそうだ、と、船乗りがぼやく。
まるで冒険者の入れ替えしてるみたいだ、と紅い悪魔は思った。
黒いマントをたなびかせ、ゆったりとした歩調で人込みをすり抜けていく。
「……あの男、本当に底意地悪いな。」
晴れた日の昼下がり。
「本当に無粋だ。あんな奴、馬にでも蹴られて死んじまえばいいんだ。」
偽島への連絡船乗り場の建物の屋根の上、バサバサの黒いマントをたなびかせた悪魔が立っていた。
「……お?そうすりゃ、外的理由で契約が終わって俺様は契約違反ではなく解放されるなァ。」
流石俺様、冴えてるなァと、悪魔はノンビリした口調。
――紅い悪魔の記憶は三日前に遡る。
――久しぶりに意識が浮上した。
今回はどれくらい眠っていたのか、どれほどの時が経ったのか、時間の感覚がまるでない。
緩やかなまどろみは死と似ていると、誰かが言った気がする。
でも、そうは思わない。
一定しない浮き沈みする意識。
自分の思い通りにならない身体。
自分は何もできない。
貴女の声が聞こえるのに。
貴女の涙が見えるのに。
こんな風に泣かせるつもりじゃなかった。
こんな風に泣かせるつもりじゃなかった。
こんな風に泣かせるつもりじゃなかった。
こんな風に泣かせるつもりじゃなかった。
その気持ちが、俺を苛む。
――死よりも苦痛だ。
「蘇芳君、キミ、探検はお好きですか?」
嫌いとか好きとか関係ない。
貴女の元に還るためなら、俺は何でもする。
――貴女の涙を拭くためなら、何でもする。