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「お兄さん、一人?暇なら、今晩は私と遊ばない?」
数日ぶりに遺跡の外に出た夜のこと。
宿から少し離れた居酒屋のカウンターで、蘇芳は一人グラスを傾けていると女が声をかけてきた。
商売女特有の気だるい表情と甘いささやき声。
蘇芳はチラリと横目で女を見ると、無言でグラスを空ける。
蘇芳のすぐ横のカウンターに寄りかかり、女は続けた。
「アタシ、誰にでも声かけるわけじゃないのよ?」
これでも男をみる目はあるの、と女は言った。
蘇芳はグラスをカウンターに置く。
「他をあたれ。」
「あら、冷たいのね。」
硬派な男は嫌いじゃないわ、と女は微笑む。
「時間の無駄だ。」
「ふふ。夜は長いわ。アタシ、気は長い方なの。」
「あのなァ……」
蘇芳は軽く溜息をつく。
「お前さんくらいの器量良しなら、黙ってても男がほっとかないだろ?」
「それ言ったら、アンタだって男でしょ。」
容姿を褒めた事が、望みに繋がったのだろうか。
女は蘇芳の隣に腰をかけた。
「…お前さんも諦めの悪い奴だな。」
蘇芳は右手で頬杖をついて、女を見る。
「こういうのも職業病かしら。」
女は実に魅力的な笑顔を見せる。
「お前さんがいくら別嬪さんでも、悪いが興味ないんだ。」
鈍く光る白銀の指輪を見せびらかすように、ヒラヒラと左手をかざす。
「愛妻家なんでな。」
「奥さんがいる男も嫌いじゃないわ。後腐れないもの。」
女に動じる気配はない。
「それにね、指輪自体に大した意味はないのよ。」
「そうか?」
「だって、外してしまえばいいだけでしょ?」
「なるほどなァ。」
「そうやって独身のフリをしてる男、今までもたくさん居たわ。」
「世の中、嘘つき男が多いんだなァ。」
「嘘つきでも構わないわ。アタシも職業柄、嘘つきだし。」
「俺様は、これでも誠実な男なんだ。」
「経験上、自分の事を誠実と言う男ほど怪しい者はないのよ。」
そう言いながら、女は蘇芳の左手をとった。
薬指の指輪に指を絡める。
「先に言っとくが、俺様の指輪は外せないぞ。」
勿論、外そうとも思わないけど。
「試せばわかるわ。」
女は蠱惑的な笑みを浮かべる。
「……アタシがアンタを解放してあげるわ。」
蘇芳は女の目を真っ直ぐに見る。
女はそれを是と受け取り、指に少しだけ力を入れる。
――カラン……。
あっけなく抜けた指輪を、蘇芳の空のグラスに落す。
「ホラね。これでアンタもただの………………………何それ。」
女は蘇芳の左手を見て、絶句する。
蘇芳は右手で頬杖をついたまま、愉しげな表情で女を見ている。
「言っただろ、外れないって。」
そう。
本物の指輪は、まだ指にあった。
たとえ指を落とされても抜ける事のない指輪―――刺青の指輪が。
蘇芳は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、左指の『指輪』に口付ける。
妻の綺麗な指に入っている同じ刺青を思い出す。
妻の養い親は「とことん独占欲が強いな」と飽きれていたのを思い出す。
……当たり前だ。
俺だけのモノだ。
誰 に も 渡 す も の か。
「バッカみたい。」
先ほどまでとはうって変わった女の低い声が蘇芳を現実に引き戻す。
「愛妻家だってゆったはずだ。」
「…本気にするわけないじゃない。」
「時間の無駄とも言ったはずだ。」
蘇芳はニヤニヤと笑ったままグラスを仰ぎ、転がり落ちた指輪をギザギザの鋸歯で挟む。
カチンと金属の音がする。
「何よ、もう……こんなの詐欺よ!」
「まぁ、お前さんの『男を見る目』は間違ってはなかったけどなァ。」
「……アンタねぇ、普通、自分でそういう事言う?」
素で不貞腐れ、娼婦の仮面が剥がれてしまっている。
商売をする気が無くなってしまった女は、カウンターに両肘を突いて深々と溜息をつく。
「ほら、元気出せ。酒一杯くらいなら奢ってやるから。」
少し離れて成り行きを見守っていたバーテンに、軽く手を上げて合図した。
――結局、それから夜が明けるまで女の愚痴を聞かされ、人生相談まで発展した事は、また別のお話――。